不妊治療の記録 (46才で終了)

41歳からの不妊治療の記録 (46才で終了)。個人的な治療記録。

その後

その後、東京にできた新しいクリニックで数回採卵と移植をしたものの

結果が出せず、治療に当てる貯金も底をついて不妊治療を終えました。

 

このブログをご覧になる方はきっと

高齢で不妊治療をされている方なのではと思います。

皆さんが希望を持てるような結果で終われず、残念で申し訳ない気持ちです。

私も自分は結果を出せるのではと思っていましたが、そうではありませんでした。

努力してもどうにもならないことはあるのですね。

私の人生は子供を持てず、生き物としては失敗だったのかなと思ったりします。

それでも毎日を過ごしています。

 

 

現在、治療を頑張っていらっしゃる皆さんの治療が

うまく行くようお祈りしております。

 

 

そして、もしかしたら私のように

治療が実を結ばなかった方もいらっしゃるかもしれません。

私と同じように悲しい気持ち、苦しい気持ちは

一生無くなることはないと思いますが

時間の経過とともに辛い気持ちの強度が少しでも弱まるといいなと思います。

 

 

 

悩みつつも血液検査

ひとまず神戸、東京の今までの病院での治療は終了することにした。だが、心残りは大阪の病院での治療を試していない事。しかも大阪の病院が来年は東京でも開院するのだ。多分今の日本で一番進んだ治療が受けられる病院だと思うので試してみたい。

 

悩みながらも治療を受ける可能性があるならばと、今のホルモン状態を調べる為に近所の内科で血液検査をしてもらった。準備かな。

不妊治療の終結を一緒に考える会

不妊治療のためのサイトや説明会、書籍はたくさんある。でも、続けて来た治療が実らず治療を諦める人、諦めざるをえない人向けのフォローはほとんど見かけることがない。

自分が不妊治療の終わりを決心しなければならないことを自覚しつつも、これこら自分がどうなってしまうのかがわからなくて困ってしまう。そんな中で、とあるクリニックの「不妊治療の終結を一緒に考える会」というのを見かけ、藁をも掴む気持ちで参加した。

治療を辞めた方のお話を聞くが、始まってすぐから涙が止まらなくなる。他にも鼻をすすりあげる音があちこちから聞こえてきた。なんでこんな目にあうんだろうと皆思っているんだろうな。どうしたらいいかわからない。

程度は変わったとしても、子供を持たなかったことに関するあれこれな気持ちは一生消えることはないようだ。死ぬまで無くならず疼き続ける呪いか。

BT12  判定日

・BT12  判定日

以前は院内で採尿だったが、家で採取し試験管に入れて病院へ提出する方法になっていた。家で数日前からHCG検査薬を使ってみたが真っ白だったので、期待はほとんどなし。でも最後に幸運が舞い降りてくれないかと願いつつ、待合室で待つ。

 

結果は陰性。妊娠ならず。やはり移植した胚盤胞は染色体異常だったのかな。

「今の時点で考えられる全ての治療をやってきたと思うのですが、やはりこれが限界でしょうか?まだ他にやり残した事があるでしょうか?」と先生に聞くと「炭水化物さんは頑張ってやりきったと思います」と言われ、これで私に出来る治療は終了ということになるようだ。私の場合は年齢以上に卵子の数は取れるが、質としては年齢以下のようで正常卵に出会えなかった。

これからどうしようかな。お金も尽きたので終わりにするしかないけど、まだ未練が残る。

 当分婦人科に来る事もないので、少し前から気になっていた陰部の脂肪の塊を取ってもらうことにした。簡単にちょっと切って、脂肪を出して、数針縫うだけのようだ。綺麗にしてから新年を迎えたい。